紅蓮の竜と独眼鬼の続き小説!一応完結してます!

紅蓮の竜と独眼鬼4

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ガチャガチャ…ドサッ…
錠の落ちる音で、幸村はまどろみの中うっすら目をあける。

「出ろ」

早朝、まだ幸村が眠っている刻限に座敷牢をあとにした政宗だったが、
それから数刻もしないうちに再び牢を訪れて、そう言い放った。
普段の単衣姿でなく、纏っているのは鮮やかな紅の戦装束で、六爪を腰に差し、
片腕には、初めて二人が邂逅した日に幸村が着ていた、蒼の戦装束を抱えている。

「…は?」
「遠乗りする。付き合えよ」

そう言いながら、腕に抱えた蒼い衣を幸村の横たわる布団の上に放る。
幸村はいまいち状況が飲み込めず、とりあえず体を起こし、装束を手に取る。
綺麗に洗濯されたその衣からは、幸村が今まで嗅いだことのないようなえも言われぬ香りがして、
あぁこれが政宗殿が以前見せてくれた『しゃぼん』というものによるものか、など考えを巡らせた。
ふわふわ夢心地で居たのも束の間、ハッと我に返り政宗の方に向き直る。

「…いや…しかし某は捕虜の身で…」
「俺が出ろっつってんだから、細かいこと気にしてんじゃねぇ」
「は、はぁ…」

果たしてこれは、細かいこと、に入るのだろうかと疑問に思いつつも、
幸村は促されるがままに着替えをし、政宗について座敷牢の外へ出た。

(…思うていたよりも存外簡単に出られてしもうた…)

辰の刻頃だろうか、日はほど高く、屋敷の中も外も慌ただしく人が行き来している。
すれ違う各々が、自分達の主へ挨拶し、その後ろを歩く幸村にもまた軽く会釈をしてくる。
いざとなれば、屋敷に落雷を落とし、どさくさに紛れての脱出を図ろうと考えていたため、
この人間達を徒に傷つけることとならず本当に良かったと、幸村は心から安堵した。

一歩、日の当たる外界へと踏み出した途端、くらり、と立ち眩みを覚えた。
すかさず動いた政宗に、がしっと脇の下を支えられたので、地面へ倒れ込むような事態は避けられた。

「Are you all right?」
「…は…平気でござる…随分久しく日の下に出ていなかったので……はは情けない」

弱々しげに微笑む幸村を見て、政宗はピンと何か良いことを思いついたという風にニヤリと笑みを浮かべ、
こう言い放つ。

「Hmm…そんな体じゃあ一人駆けは無理そうだな」

幸村は、馬鹿にするでない!馬になぞ一人で乗れる!としつこく喚いていたが、
しびれを切らせた政宗の、一人駆けを許して逃げられたら困る、という一言で、
しょんぼり二人乗りに了承したのだった。

幸村を前方に横座りさせ、政宗はそれを後ろから包み込むように手綱を握る。
「…なにやら…この馬の乗り方は落ち着きませぬな」
幸村がそわそわしながら呟く。
「そうか?俺は今最高にHappyな気分なんだが」
「…」
そういうことではござらん、と耳まで真っ赤にして俯く幸村の旋毛に、
SoCuteと口付けを落とし、政宗は満面の笑みで鐙を踏み馬の腹を軽く蹴った。

ふと後方から、片倉小十郎の悲痛な叫び声を聞いた気がしたが、幸村からは政宗の体で見えず、
当の政宗も前を向いたまま上機嫌だったので、幸村はおそらく己の幻聴だろうと思い込むこととした。



****
「政宗殿…どちらまで?」
「さあ」
「…」

二人が勢いよく伊達屋敷を飛び出してから、半刻ほど経った。
周りに見えるはのどかな山や川、良く手入れされた田や畑が広がっており、
ちょうど一つ峠を越そうというところだった。

「これでは…とても遠乗りは出来ませぬなぁ…」

政宗が早駆けしようとしないことに対し、幸村は自分が枷となっているように感じ申し訳なさそうに呟く。

「別に遠くに行かなくても、色々見るもんはあると思うぜ。
 …例えば…あの団子屋。いつもアンタに持ってく団子はあそこで用意させてる」

政宗が顎をクイと向けた先、峠の頂き付近に1つの家屋と幟が見える。
その幟には大きく『団子』と書かれており、ちらほら客の姿も伺えた。
市井から少し離れた場所にあるというのに繁盛しているようだ。

「ここが件の!なんと甘やかな匂いでござろう…!たまりませぬな」
腕の中の幸村がぴょんと跳ね、キラキラとした目で目前の店から立ち上る蒸気を見つめている。

「食いてぇなら、いつもみたいに食わしてやるが」
政宗はニヤリと口角を上げ、背中側から幸村の耳元に唇を寄せ、囁く。

「…ッ!ひひひ人前でなんと破廉恥なッ…」
たちまち茹で蛸のように染まる幸村の反応を一通り楽しみ、
帰ってからな、と店主に数個団子を包ませ、それを馬の首紐に結ぶと、そのまま店を後にした。

****
それからまたしばらく進み、山へ入り数刻、ひしめく紅葉の美しい渓谷へ着いた。
澄んだ川のせせらぎに、色とりどりのたくさんの紅葉が浮かべられている。
それらはゆるりと下流へ向かって流れていく。

「紅葉の葉筏が美しゅうござる」
思わず感嘆の声をあげる幸村。

「秋ももう終わりだな。じき奥州にも厳しい冬がくる。」
アンタがいればあったかそうだがな、と政宗は幸村の頭をくしゃりと撫でた。
幸村は返す言葉を詰まらせたが、政宗もそれ以上は何も言わなかった。

****
また少し進むと、ひらけた空間に出た。
政宗は馬から降り、続けて、姫君御手をどうぞ、とばかりに自らの手を差し出し、幸村を馬から降りるよう促す。
幸村がその手を取らず、一人で降りられます、と憤慨すると、政宗は苦笑を浮かべながらもその様を見守った。

随分高いところまで登って来たものだな、と幸村は数歩、山肌の崖となっている方へ進み出て、
目前に広がる広大な景色を見渡した。
先ほど通った団子屋や田畑、遠くに伊達屋敷、その奥に広がる市井までもがよく見えた。
日は先ほど峠を越した頃よりもずっと傾き、空は蒼から紅にかけての美しい階調となっている。
まるで政宗殿の炎のようだ、と紅く染まった光景を見つめ、ぼんやり考えていたら、
自然と自分の頬に集まる血の流れを感じる。
どうか気付かれませぬよう、斜陽がそれを隠してくれますように…幸村は祈りながらぎゅっと眸を瞑る。

「幸村、目ぇ開けろ」
いつのまにか隣に並んで立っていた政宗が、幸村の肩に自分の手を添えて抱き寄せる。

「これが俺の土地だ」
おそるおそる幸村が目を開けると、政宗は眼下に広がる光景を誇らしげに見つめている。
その精悍な横顔に、これこそが国主としての政宗殿の御姿か、なんと立派なことだろう、
トクンと心の臓が跳ねる音を聞いた。

ふ、と政宗が、柔らかい表情で幸村を見遣る。
「アンタに見せたかった」
「政宗殿…」

ただ、着実に別れの時間は近付いているのだと思うと、幸村の胸は張り裂けそうな程の痛みを訴えた。
この気持ちは、この痛みは…



****
一体どのくらいの時間そうしていただろう。
日は西の山に半分ほど沈みかけている。空は闇色と紅色の階調へと変わっていた。
口を開いたのは政宗の方だった。

「…日が暮れる」
「…」
「…帰るぞ」
「…」
「幸村」
「あ…はい」

目の前の美しい景色に、静かな時の流れに酔っていた幸村だったが、名前を呼ばれ、はっと隣の政宗を見る。

グイッ

突然背後から抱きすくめられた。

「!?」

政宗は無言で幸村を抱く両の腕に力を込める。

「あの…政宗…殿…」
「……帰るなよ」

困惑する幸村がその名を呼べば、頭上から悲痛な声色で応えが降ってくる。

「?…なれど…片倉殿が心配を…」
「そうじゃない」

幸村からは、自分の肩口に埋められた政宗の表情が読み取れないが、
きっぱりと響く意思の込められた厳しい口調に、ぞくり背筋が強張った。

「こいつらになんか渡さない。そう言っている」


ざわり。
突然周囲の空気が変わった。
木々がうごめき、暮れの影に交じり、複数の真黒な異形の影達が、地面から湧き出るように溢れだす。
その中でも中央に生まれた影に向かって、幸村は叫んだ。

「佐助ッ!」

呼ばれた影はざわざわと人型を為し、くるりと一回転したかと思うと、
突然巻き起こった烏の羽の旋風の中から、緑色の忍び装束の男が姿を現した。

「じゃじゃーん!疾風蒼駆!猿飛佐助参上~!…ってね!」
その、およそ忍とは思えない程目立つ男は、緊張感のない明るい声を上げ、片眼を瞑りウインクのポーズを取っている。
周りの影達も各々人型を取り、二人は複数人の忍にすっかり取り囲まれた状態となった。

「旦那ー!遅くなっちゃってごめんねー!でも外に居てくれて助かったよ!
 あの屋敷の警備思ったより強固でさぁ…俺様達真田忍隊もどう攻めようか手を焼いてたところで…」

その忍は、もともと細い眼を更に細めてケラケラと軽く笑いながら一気に言葉を出すと、
一息ついて、スッと双眸を薄く開いた。

「…で? アンタだれ?」

己が敵と判断した男に向けられたその表情は、
確かに忍として相応しいものであり、そこからは何の感情も読みとれなかった。

ぎゅ、と幸村を抱き竦めている政宗の腕に一層力が入る。
「政宗殿…」

「ふーん。なにそれ?人質のつもり?あ、旦那は人間じゃないから鬼質?ってやつ?」

しんとした場の空気に、つまんないの、と舌打ちをし、開き直る佐助。

「…まぁそんなくだらない冗談はさておき…」
くだらないという自覚はあったんだな、と幸村を除くその場の全員が頭の中でツッコミを入れた。

「今夜は満月だよ。俺様達、人外の力が最大限に跳ね上がる特別な日。
 たかが人間1人の力で抑えきれるわけないじゃない。旦那。早くこっちへおいで」
不敵でかつ冷ややかな笑みでそう告げ、佐助は幸村に向かって手を差し出す。

一瞬、幸村は、己を抱く政宗の体が強張ったのを背中で感じた。
(確かに…今宵は望月…加えて日頃から頂いている精の力のおかげで、
 俺の力はかつてないほど高みへ極まっていることが自分でもわかる…)

(斯様に弱っている政宗殿の腕を解くことなど容易い…)

ここまで考えて、幸村はハッと気付く。

(…弱って…)

己を抱きしめている政宗の腕の力は、初めて対峙した頃の荒々しさよりは格段に弱かったが、
今の政宗にとっての全力であることを、幸村は悟った。

― 政宗殿 ―

ポロポロポロッ
「!?」
その場にいた一同の目が丸くなり、一斉に幸村の大きな眸から次々と零れ落ちる滴に向けられる。

「ちょっ…旦那っ…何泣いてんのッ?」
「ない…て…?…そっ…そそそそ某にもわからぬぅぅ…ッ
 某はおかしくなってしまった…なぜか…なぜか目から塩辛い水がとまらぬのだ…ッ!」

突然の主の錯乱に至極慌てた佐助がわたわたと意味もなく手をバタつかせながら問い掛けても、
幸村はぶんぶんと頭を振って童子のように泣き続ける。

「…出来ぬ…この腕を…この暖かい腕を振り解くことなど…某には出来ぬッ…」

「旦那…お腹減ったの!?里へ帰ったら、お千代さんがたっぷり精分けてくれるって言ってたから…
 それまで我慢してッ!」
佐助がどうどうと宥めるように言葉を掛けるが、幸村の涙は止まらない。

(…!?…なんだ…まさかこいつが言ってた精をくれる人間って…Mam的な存在なのか…?)
それを聞いて思わずぎょっと驚いた政宗だったが、あとから押し寄せた安堵の波により、
嫉妬していた自分が馬鹿らしくなり、思わず小さく吹き出した。

「うぅ…ッ…お千代殿には悪いがッ…某ッ…政宗殿以外の精など…もうとても喰らえぬぅぅ…うおぉおぉん;;」

「!」
「んな゛ッ…!?」
思いがけない幸村のその言葉を聞くや否や、政宗と佐助、両者の表情は対極をなした。

ゆらりと体を揺らし、じりと一歩詰め寄る佐助。それを迎え撃つようにピリリと殺気を強める政宗。
「ちょっと…そこのやたら眼つきの悪いお兄さん。
 あぁ『攻』宗さんって言ったっけ?なるほど確かに、ガツガツ意地汚く『攻』めそうな顔してるよねアンタ。」
「HA!くせぇくせぇとは思っていたが。こんなとこに汚ねぇ猿がいやがるぜ。猿は大人しく山に帰んな」

幸村は、バチバチバチッと両者の間で火花が散った幻を見た。

「…うちの旦那誑かしたのはアンタ?ねぇ、どうおとしまえ付けてくれるの?」
「HA!こいつはオレと取引したんだ。俺が欲しいと、代わりに伊達に下ると、このCuteな口で言ったんだぜ?
 もうアンタらんとこには戻らねェ。それとも鬼ってェやつは契約も守れねェ無粋なやつらなのか?」

それを聞いた瞬間、幸村はハッとする。
そうだった。生き延びる為の口約束とはいえ、契約は契約。
一度結んだ約束を違うことなど、武士の風上にもおけぬことだと、幸村は常々自戒としていた。
そんな萎れた主人を慮り、優しい声で子どもをあやすように闇色の忍は語りかける。

「旦那、大丈夫。何も心配いらないよ。俺様がなんとかしてあげるから」

忍は主から視線を外し、一変して憎々しげに政宗の方を睨みつける。
スススッと素早くいくつかの印を組むと、その忍と同じ形をした紅い目の影が、闇から2体現れた。

『……悪いけどあんた……殺すよ』

三つの影が同時に喋る。

「……おもしれぇ。やれるもんならやってみやがれ」

政宗の方も抱いていた幸村をゆっくりと離し、腰の六爪に手を掛ける。

刹那

――――― ガキィィン ――――――

薄暗い闇の中で、互いの得物がぶつかる度に閃光が散る。
政宗の扱う炎が揺らめく度に佐助の影を焼き、佐助の鋭い風の刃が政宗の装束を割き紅い華が舞う。

「佐助…ッ!やめよ…!政宗殿ッ…」

声の大きさには自信のあった幸村であったが、いくら叫んでも届かない己の無力さに打ちひしがれる。
自分はこんなにか弱い存在だったか、二人の男に為す術もなく取り合われるだけの、
どこぞの籠の中の姫君のような軟弱な男だったか…

「………否ッ…!」

幸村はキッと前を向き、自分の右目を隠している眼帯に手を掛ける。
その戒めが、ハラリと地に堕ちた瞬間、幸村の体を青白い閃光が包み込む。

(大丈夫、大丈夫だ。これは政宗殿から授かった力。)

息を大きく吸い、言霊と共に一気に吐き出す。
「やめろ――――――――――――ッ…!」

空に一際大きな稲妻が走った、いや、正しくは地から天へ向かって、だ。
政宗と佐助が一斉に振り返ると、そこには、帯電した幸村が放心状態で立っていた。

直後、今度は天から地へ、大きな稲妻が堕ちてきた。
幸村の、すぐ隣に位置していた巨木を目掛けて。
神鳴りの直撃を受けた木は、バリバリバリッと凄まじい音を立てて真っ二つに裂ける。
と同時に、地面が割れ、亀裂が走り、幸村が立っている足場が崩れた。

「旦那ッ!」

あぁ、堕ちる。

ぼんやりとした意識の中、そんなことを考えていると、瞬間、幸村の左肩に激痛が走る。

「まさむね…どの…」
「…ッ」

幸村を掴んだ右腕の肩が外れたようで、苦悶の表情を浮かべ、その汗と血が幸村の顔にパタパタと落ちる。
幸村は驚愕の色を浮かべたまま、その男の表情から目を離せないでいた。
ふと、政宗の背後に気配が降りる。

「…あーあー。あんた馬鹿だねぇ。この程度の崖から落ちたくらいじゃ鬼は死なないよ。
 ほんと…こんなコトで隙を見せるなんて。おばかさん」

ギラリと光る眼とクナイ。

「さす…やめ…ッ…」
幸村がその存在に気付いたときには、既に佐助は動いたあとだった。


すっ。
差し伸べられるもう一本の手。

「!」

「まぁ死にはしないって言っても、無事じゃすまないよね。」
俺様だって、旦那が怪我するのは嫌だからさ、とはにかみ笑いを浮かべ、佐助は幸村の右手を掴んだ。

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「俺様あんたのことだいっきらいだけど、とりあえず礼は言っとくよ。アリガトウ」

無事、幸村を崖の上に引き上げ、一息ついたところで、佐助が渋々口を開いた。

「別にアンタから礼を言われる筋合いはねぇな。俺は自分がやりたいようにやっただけだ。」

皮肉交じりの佐助の礼に、政宗は外れた肩を戻しながら顔を顰めて応える。

「…では某から…政宗殿…真にありがとうございました」
「言葉はいらねェ。態度で返しな」
政宗は、からかう様な、試すような口調で幸村を煽る。

少し戸惑いの表情を浮かべた幸村だったが、一歩政宗の傍へ歩を進めると、
その形良い唇におずおずと自分から口付けた。

「!(政宗)」「…ッ!?(猿)」「!!??(モブ)」

だ、旦那…お、おな、お腹が空いてたんだよね?そうだよね?そうだって言ってッ!、と取り乱し、
今にも幸村の肩を鷲掴み、問い詰めたいという勢いの長を、慌てて取り押さえる真田忍隊の面々。

そんなギャーギャー喚く佐助の声など耳に入らないというような様子で、
政宗は見開いた隻眼で幸村を見つめたままだ。

「ゆきむ…」

呼び掛けた政宗の口を、自分の指でそっと触れる。それ以上は言わないで欲しい、という風に。
「某、やはり里へ戻りまする。取引の件、守ることあたわず申し訳ござらん。」
「…」

しばし沈黙があり、政宗の口から溜息がこぼれる。

「まぁ…仕方ねぇな」
政宗は、首の後ろを決まり悪そうにかきながらポツリと呟く。

「俺にだって、死にかぶってたアンタの弱みに付け込んだって自負はある。
 元々はアンタが断れねぇのが分かってて持ち掛けた話だ。」
軽蔑するか?と政宗が自嘲気味に笑うので、幸村はブンブンと首を横に振る。

「そのおかげで、某は命を取り留め、そして今ではこのように…滾っておりまする。政宗殿の御恩情ゆえでござる。」
幸村が、自分の胸にぎゅっと手を当てにこりと微笑んだので、政宗もつられてつい柔らかい表情となってしまう。

「御懇意頂き幸せにござった。某からお返し出来るものなど何もありませぬが…せめてこちらを…」
差し出されたのは、幸村の右目を覆っていた戒めだった。
今まで隠されていた鮮紅の瞳が露わになっている。やはり綺麗だ、と政宗は改めて思った。

「某の代わりにお側に…」

無言で眼帯を受け取ると、政宗はそれをおもむろに自分の右目へと宛がい両端の紐を後頭部で縛る。

「思うた通り、ようお似合いにござる」
嬉しそうに微笑む幸村に、アンタの涙でびしょびしょだなと軽口を叩くと、
ポッと頬を染めもうしわけござらぬ、と小さく零す。
政宗は、そんな愛しい者の姿に心満たされつつ、胸元に潜ませていた小袋から、紅色の櫛と紅い紐を取りだす。

「…それは?」
「いつかアンタに渡そうと思っててな」

手を伸ばし、向かい合う形、抱き合う形で、幸村の髪を櫛で梳き、一つにまとめ紐で結ぶ。

一つ一つの動作を出来る限りゆっくりと、名残惜しむように。
そのまま抱きしめる。猿飛佐助が一層苦い顔を見せたが、そんなことはどうでもよかった。

女々しいな、とは思いながらも、言わずにはおれなかった言葉を漏らす。
「また…会えるか…?」

幸村は一瞬困ったような仕種を見せたが、キッと政宗を見上げ、ニッと笑うとこう言い切った。
「…貴殿が…この地に紅蓮の竜ありと名を響かせている間は、その御首級いつでも狙いに参りますぞ」

「…HA!上等…」

櫛を幸村の手に乗せてやると、ぎゅっと大事そうに握りこんだ。
そのまま一歩ずつ後ろずさり、くるりと背を向けて佐助のもとに歩み寄る。

「心配掛けたな。佐助」
「いーえ。お仕事ですから」

複雑そうな表情を見せながらも、フッと微笑み、主を安心させる佐助。

現れたときと同じ忍の術なのだろう。幸村が佐助の手を取ると、二人の姿は、ずずずと影にのまれてゆく。

「政宗殿」
「…」
呼びかけられた声に、何も返せずにいると、幸村は言葉を継いだ。

「お慕い申しております」
「…!」

ずずずず

二人の姿は完全に消えていた。いつの間にか他の忍も影に戻り、残されたのは政宗一人だった。
すっかり日は暮れており、辺りは闇に包まれている。
政宗は、近くに落ちていた巨木の木片を拾い上げると、切っ先に火を灯し松明とした。
その揺らめく紅の中に、つい先ほどまで自分の腕の中にいた、あの愛しい鬼を想う。

「…You got me…意味分かって言ってんのか…」

政宗の口からくっと笑みがこぼれる。
「あの野郎…最後にとんだ呪いをかけていきやがって」
じわりと覆われた右目が疼く。

― それは、魂に刻まれる、呪いにも似た束縛の言葉 ―

「I Crazy for you 真田幸村 また会おうぜ」

政宗は馬に跨り、勢いよく腹を蹴った。





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■■ 後日談

ある日政宗は、眼帯と瞼の間に小さな違和感を感じ、ふと眼帯を外した。
すると、今まで気付かなかったのが不思議なくらい、やたら存在感のある白い紙が
四つ折に畳まれ貼り付けられていることに気付いた。
紙は一度濡れてしまったせいか、よれよれとなったままの形で乾燥していた。

眼帯から剥がし広げてみると、そこにはなんの文字もなく、あの日の紅菊の押し花が包まれていた。

濃い紅菊の花言葉は、愛情、私を信じて下さい。

それはあの日、政宗が幸村に宛てた秘め言葉であったが、
まさか自分に返ってくるなんて、政宗はくくっと喉を鳴らし、そっと緋色の花弁を撫ぜた。




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