生まれて初めて書いた小説!梵弁です!

明日の約束1

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ある夏の日の夕方頃、都内の某一等地、
閑静な高級住宅街の真ん中にひっそりと佇むその小さな公園で、事件は起こった。

俺はいつものように、その公園の砂場にて「おやかたさま」を象りながら迎えを待っていた。
幼稚舎の送迎バスは、一刻程前に俺をおろすと去って行った。
近くに住む高校生の猿飛佐助が、学校帰りにこの公園に寄り、
俺の手を引いて家まで送り届けることが入舎以来の日課となっている。
今日のおやかたさまの造形は、いつもより満足のいく出来のように思えて俺は嬉しくなった。
特にこのつのの部分がすばらしい。さすけが来たら、しゃめを撮ってもらおう。

ふと、俺の目の前に一つの影が落ちる。
と思った瞬間、信じられないことが起きた。
こどもの足だ。こどもの足が…おやかたさまを…俺のおやかたさまを…

踏みつぶしている。


「アンタが好きだ」


男児は鋭く俺を見下ろし、そう言い放った。
年は俺よりも2、3上くらいだろうか。もっと上かもしれない。
肩に掛かる程度の艶めく漆黒の髪に、濃いグレーの眼、
まだあどけなくはあるが、まさに眉目秀麗というに相応しい御仁だと俺は思った。

辺りには人影もなく、ここにいるのは俺とその男児だけだ。

あぁ、綺麗だな、俺はぼんやり考えながら、某も、と応える。
俺の双眼からは大粒の涙がこぼれだしていた。
目の前の男はそれを聞くと嬉しそうに笑った。笑うと存外幼く見える。


そして俺は立ち上がり、手のひらの砂を軽く払うと、
その美しい男の左頬を、渾身の力をこめた右の拳で殴りつけた。



始まりはこんな風だった。

その日、学校が終わっていつものように公園に立ち寄った猿飛佐助は驚愕した。

お世話を任されているお隣の武田さん家の大事な坊ちゃんが、
知らない男の子と文字通り取っ組み合いの殴り合いをしていたからだ。
真田家でよく見かける殴り愛でなく、正真正銘の殴り合い、だ。しかもよそ様の子と。
「ちょっとちょっとっ…幸村さまっ…何やってるの!」
大慌てで駆け寄り、薄茶色の髪をした愛くるしい顔立ち
(といっても今は涙と血で見る影もないが)の少年をひょいと抱え上げる。
同時に、絡んでいたもう一人の黒髪の男の子の体もふわりと浮き上がった。
あ、釣れた、と余計なことを考えてしまったが、今はそんな場合ではない。
「はなせっ!はなさぬかっ!さすけっ!」
抱えられたまま暴れる幸村様をどうどうと宥めながら、
まだ彼にぶら下がったままの黒髪の少年に声を掛ける。
「大丈夫?何があったのか知らないけど、ごめんね。
 いつもはこんなことする子じゃないんだけど…」
…と、ここで佐助は二度目の衝撃を受ける。
それもそのはず。黒髪隻眼の美少年。彼の際立つ容姿は、この界隈では有名だったためだ。
日ノ本屈指の大財閥、伊達コンツェルンの御曹司。
「も…も…も…もしかして…伊達さんとこの…お坊ちゃん…?」

「Yes!伊達政宗だ!覚えておけ」

フンと鼻を鳴らし、居丈高に俺様を見据えるちびっこ。
腕はしっかと幸村様の腰回りに巻きついたままだ。
「ぬおぉぉ!重いわっ!政宗殿っ手を離されよッ!」
「HA!ちゃんと俺の名前を一度で覚えたか。さすが俺が惚れ込んだ男だな!真田幸村ァ」
嬉しそうに声高に笑う美少年。

―何がなんだか分からない―

それが猿飛佐助の現時点での唯一の思考だった。

真田家と伊達家は、ともに古くからの名家で、
両家ともに日本で5本の指に入る程の財力を持っている、との噂だ。
あくまで噂、と言っているのは、佐助があまり金持ちの事情に興味がないためである。
そしてこの御両家、実に仲が悪いことでも知られており、
有力者の集まるパーティーなどで度々顔を合わせることはあれど、
挨拶するわけでもなく、お互い相手のことは目に入らないというように振舞うという。
なにやら先祖代々からの因縁とのことだが、やはりこちらも詳しくは知らない。
そんなに仲が悪いなら引っ越せばいいのに。佐助は常々そう思う。
純和風の真田屋敷と西洋風の伊達屋敷は、佐助の一人暮らしする、
この地区には不釣合いな築30年になるアパートを挟んで建っている。


この子達は一体いつの間に知り合ったのだろう。
出歩くにしても、常に二人にはそれぞれの御家お抱えの護衛が複数人ついており、
世間の危険から庇護するだけでなく、
極力両家が干渉しないような手筈となっているはずだった。
ふと、ここで妙なことに気付く。猿飛佐助はもともとこういう空気には敏感な性質だ。
(…護衛の気配がない…)

「そうだ、さすけ」
よく通る澄んだ声で名前を呼ばれる。反射的になぁに?と笑顔を作ってそれに応えると、
腕の中の可愛らしい少年は真剣な顔で、世にも恐ろしいことを言い放った。

「某、今日より政宗殿と交際をいたすこととした」

「そう、それは結構…こう…こう…交際ッ!?」

今日何度目かの衝撃が佐助の全身を駆け巡った。今日は厄日か。
「えっ…旦那…こ、交際って…意味わかって…いってるの?」
動揺を隠し切れず、取り繕っていた笑顔が引きつっているのが自分でもわかる。
「むろん」
鼻息荒く目を輝かせる小さな御主人様。俺は昔からの癖で幸村様のことを
なぜか旦那と呼んでしまう。
「政宗殿とけっこんを前提に交際いたすと申しておる」
「・・・」
体がぐらりとよろけた。
それはちびっこ2人分の体重を随分長い間支え続けている腕の疲弊から
きたように思いたかったが、どうやらそれだけではないらしい。

「おい猿。いい加減幸村おろせよ」
突然、猿、と呼ばれ、佐助はハッとしたように、二人をゆっくり地面に下ろした。
この高飛車な坊ちゃんは、なぜ俺様の名前を知っているのだろう?
そんな疑問が頭を過ぎり、佐助はしばらく黙ってじっ、と二人の様子を見ていた。
政宗がポケットから高級そうなハンカチを出し、幸村様の顔を拭ってやっている。
幸村様も、かたじけない、と何やら嬉しそうだ。
血と涙と砂埃でどろどろになるハンカチ。
あーあの汚れはなかなか落ちないだろうなぁ、と逃避しかける自分の思考を、
だめだと叱咤し呼び戻す。
(あれ、この子たち喧嘩してたんじゃなかったっけ…
 そもそもなんであんなことになってたんだろう…)

もう分からないことだらけだ。とにかく疲れた。
今日は早く帰って風呂入って夕飯食べてすぐに寝よう。
そうすればこんな悪夢のような出来事が明日には綺麗さっぱり消えているかもしれない。
吹っ切れた佐助は最後に、なんで彼なの?とだけ、小さな主人に尋ねる。

「俺は美しいものが好きだ」

だからお前も好きだぞ、と頬をぽっと染めて小さな声でそんなことを言う。
可愛らしいことこの上ない。ってそうじゃない。そうじゃないだろう?
伊達少年の突き刺すような視線が痛い。

その日、左手には佐助、右手には政宗を繋ぎとめて、
真田幸村は心から楽しいという風に帰路に就いたのだった。

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